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自筆「源氏物語」の「夕霧(ゆうぎり)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。吉田健一著作集 全32冊 吉田健一。
「夕霧の巻」の主人公「夕霧」は、国宝「源氏物語絵巻」の中に柏木を見舞う柏木として描かれている
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。五人組帳写。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 繁藤之弓作左法 古文書。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。(古本)日本から世界へ ドナルド.キーン カセット付き サイマル出版会 F05062 198702発行。現在の今上天皇と系譜がつながっている。『相場割代盛記』上田源蔵刊(濃州大垣本町)江戸時代和本 岐阜県大垣市郷土史料。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。☆E0274明治18年(1885)官員録役人名鑑「文部省職員録」1冊/古書。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。服部甫庵旧蔵書 荻生徂徠『南留別志』(全五巻五冊揃)宝暦12年 吉田松根堂刊 江戸時代和本。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。親鸞聖人御一代記図絵 全5冊。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。【中古】 花のすがた 円照寺山村御流のいけばな (1973年)。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。『仏説善悪因果経絵抄』(全七巻五冊揃)享保17年 天王寺屋市郎兵衛版 江戸時代和本 仏教書 仏書 絵入本 仏教美術。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。●極上和本YM3172●〈玉置〉初学消息集(題簽中央)玉置茂八 享保14年 稀書往来物。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。南部立庵(南部草寿)『倭忠経』(全二冊揃)寛文7年 武村新兵衛刊 江戸時代和本 大和忠経。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。大樹公御上洛并諸説録。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。ケンブリッジ旧約聖書注解 既刊14冊揃い 大野恵正他訳。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。子規全集 全25冊 正岡子規。また、各巻ごとの書かれた年については不明。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 長時 古文書。従って、応永五年とは、書き始めの年である。【中古】 経済学原理 第2編 下 (1982年) (初期イギリス経済学古典選集 11 )。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。●極上和本YM4227●近江八景(近江八景〈并序〉)長谷川妙躰書 享保18年 女筆手本 稀書往来物 原装題簽付。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。三体詩(唐賢)。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。R-074865 斉白石 印譜(中国、唐本、古書、古本、書道具、和本)(R-074865)。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。天野節次郎編『大連旅順金州名勝風景写真帖』大正2年 天野満書堂刊(大連市)大正時代の中国大陸写真集。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。一封亭朶雲他「浪華狂歌集」(仮題)寛政9年序刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 狂歌集 狂歌絵本。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。フレミング原著 箕作麟祥訳『泰西自然神教』(二冊=巻一,巻二)明治7年 文部省刊 明治時代和本。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。柳菴雑筆。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。(古本)参謀本部 大本営陸軍部 臨参命・臨命・大陸命・大陸指総集成2 昭和12年 森松俊夫 函付き モリティ出版 MO8005 19941031発行。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。●極上和本YM3183●風月往来抄[〈独講釈読方入〉風月往来](3種)明暦4年 『風月往来』の注釈書の嚆矢 山岡元隣注 稀書 他に所蔵無し。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。●極上和本YM3362●女小学教艸(宝暦13年)北尾雪坑斎画 往来物 美本。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。◆古書・古文書・和書◆『春秋命歴序攷 全2巻』天保4年◆。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。東条琴台編『聖世紹胤録』(全二巻二冊揃)明治3年 青松軒刊 明治時代和本 歴代天皇系図集 天皇家資料 皇統資料 神道資料。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。錦城百律。
出品した「源氏物語」は夕霧(ゆうぎり)の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。世の中百首。「夕霧」の巻名は、夕霧が柏木の正室(朱雀院の姫君・女二の宮)落葉の宮に書き送った和歌「山里のあわれをそうる夕霧に立ち出でん空もなき心地して」による。『マチネ・ポエティク詩集』限定750部 昭和23年 真善美社刊 福永武彦、加藤周一、中村眞一郎、窪田啓作、原條あき子らの詩篇を集成。源氏の君と葵の上の長男・夕霧は、病にふせる柏木を見舞う場面は、国宝「源氏物語絵巻」に美しい画像として描かれている。長谷川伸旧蔵書 井上政共編『近江商人』明治23年 松桂堂蔵版/西川勝助刊(滋賀県)。柏木は、自分がなきあとの正室・女二の宮(朱雀天皇の皇女)の行く末を案じ、友人の夕霧に遺言として女二の宮の後事を託す。一休可笑記。柏木なきあと、落葉の宮と称される女二の宮の世話をするために法事の世話などの用事にかけつけて落葉の宮をあう。譯文筌蹄(やくぶんせんてい)初編1〜6 一括。そこで、恋心がつのった夕霧は、落葉の宮との結婚を願うようになる。女用文章宝かがみ。夕霧と会う落葉の宮を心配する母の一条御息所は、心配のあまり夕霧に手紙を送る。十返舎一九肉筆紙片 【吉原】。だが、その手紙は夕霧の正室・雲井雁の発覚によって夕霧に渡ることはなかった。改正人国記 (日本各国風土図説)。娘・落葉の宮の出家の希望を聞いた父・朱雀院(前朱雀天皇)は、一条宮の邸に連れ戻される。【中古】 電発30年史 (1984年)。しかし、夕霧の希望により落葉の宮との対面の機会が生まれ、二人は婚儀を行なう。西脇済三郎『停雲録』昭和30年刊 石坂篤保・竹村顕斎・星野庄三郎・木島孝蔵・小林鶴蔵らの略伝集 新潟県小千谷市郷土史料。源氏の君と紫の上はこれも運命と考え忠告するのを控える。五穀無盡蔵。夕霧と結婚した落葉の宮は、その後、多くのこどもを授かり幸福な時を過ごす。【中古】 映画史 (1961年) (日本現代史大系)。
自筆上部の「人非木石皆有情」人木石に非ざれば皆情あり「人は木や石ではない、心と言うものを持っている」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。●極上和本YM3198●女読書日用文筧[女手ならひ教訓の書・女手習状]川当節叟作 明和7年頃刊 千種屋新右衛門板 美本・稀書(他に所蔵無し)。夕霧の巻の一節「岩木よりけになびきがたきは、契りとうてにくしなど思うやうあなるを」の一文による。スタンダール全集 新装版 全12冊 桑原武夫他訳。夕霧の巻の原詩は「木石」であり、夕霧の巻は「岩木」であるが、古来「白氏文集」に由来されているとされる。●極上和本YM4256●〈女教文章〉女要筆玉藻*「女要文通筆海子」改題本 長谷川品 梅月堂序 明和7年 女筆手本 稀書往来物。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。英雄百人一首。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
「夕霧」の巻は英文で「Evening Mist」と表記されます。和刻 漢籍医書集成 全16輯34冊 北里研究所附属東洋医学総合研究所編。
《原本上部に「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)漢詩の落款が押捺。大坂状絵抄。夕霧の原文に引用されている。●極上和本YM3228●土佐日記創見 香川景樹 頼山陽序 天保5年秋初刊 明治初年後印 紀行注釈。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。【中古】 エキサイティング女優ー脱いでよかった! 「激撮」これは 演技 か 真実 か!! (1983年)。)
「自筆原本」
自筆右下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。軍事資料★「日本選兵史」昭和18年11月 陸軍軍医 飯島茂 徴兵制 現行選兵諸法規 開発社。
自筆上部の「人は木や石ではない、心と言うものを持っている」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。葛飾北樹『花鳥山水北樹画譜 全』天保年間頃 丁子屋平兵衛版 葛飾北斎に学んだ浮世絵師の彩色木版画譜 江戸時代和本。
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。神事行燈 初~五編。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。おしえのつえ。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。(古本)大本営陸軍部 大陸命・大陸指総集成5 昭和15年 森松俊夫 函付き モリティ出版 MO8008 19941031発行。
《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
《原本上部に「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)「白氏文集」の漢詩の落款が押捺・夕霧の原文に引用されている。小学生の弔辞 大東亜戦争(太平洋戦争)昭和十七年 佐倉町佐倉第一国民学校(佐倉市立佐倉小学校) 軍国主義(【24-0412-88】。》
《あまの衣に》・・・・・たちやかへまし
猶(なほ)、うつし人にては、え過くすましかりけり」
と、ひとりことにの給ふを、立ちとまりて、
「さも、心うき御心かな。清幽斎主人『武具短歌 被甲便蒙』嘉永3年 万屋忠蔵他刊 江戸時代和本 武具甲冑の纏い方を挿絵入りで紹介した畳物一舗 鎧兜 往来物。
まつ(松)嶋のあま(海士)のぬれ(濡)きぬ(衣)なれぬとて
ぬきかへつてふ名を立ためやは」
うち急きて、いと、なほなほしや。伊藤博文伝 明治百年史叢書 全3冊 春畝公追頌会編。
かしこには、猶、さしこり給へるを、人々、
「かくてのみやは」
「若々しう、けしからぬ聞えも侍りぬへきを。江戸町づくし。例の御有樣にて」
「あるへきことをこそ、きこえ給はめ」
なと、よろつに聞えけれは、「さもあること」
とは思しなから、いまより乃ち・・・・《よそのきこ(聞)えをも》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 犬甘 書状 古文書。
《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
《夕霧、月明かりの下で恋する女二の宮(落葉の宮・朱雀天皇の皇女)とご対面》
《夕霧、恋しい女二の宮(朱雀天皇の皇女)からのお手紙の返事をお待ちになる》
《女二の宮(朱雀天皇の皇女)一条邸の部屋にこもる》
《(夕霧)はよれよれになったお召物をお脱ぎになって、特別にととのえた衣装を幾重もかさねて、
香をおたきしめになり、きれいに身づくろいし美しくお化粧してお出かけになる。●極上和本YM4725●六諭衍義大意(藤原正縄板・安政板)室直清作 橈川華子書 内藤正縄題字 伏見板 稀書往来物。
女君(夕霧の正室・雲居雁)は、火影(ほかげ)に映える大将(夕霧)のそのお姿を見送っておられると、
こらえようもなく涙がにじんでくるので、お脱ぎ残しになった単衣(ひとえ)の袖(そで)を引き寄せて、
(夕霧の正室・雲居雁)「なるる身を……(長い間連れ添ってきて飽きられてしまったこの身の
不幸を悲しむよりは、いっそのこと尼にでも》・・・・なってしまおうかしら。●極上和本YM3185●〈御家〉改撰消息往来(題簽付)往来物 川関惟充 橘正敬書 稀書往来物 異種消息往来。
やはりこの世にこのままはとても暮してはいけそうにもない私だった」
と、独り言におっしゃるので、大将は立ちどまって、
(夕霧)「なんという情けないお心でしょう。中島広足『瓊浦集』(全二冊揃)天保11年序 秋田屋太右衛門他刊 江戸時代和本 長崎に住んだ国学者が編んだ和歌集 熊本藩士。長い間連れ添ってきて飽きがきたからといって、
わたしを見捨てて尼になったなどと噂されてよいものですか」
と、気がせいているせいか、大将(夕霧)にとっては、まったくありきたりの歌ではある。きやりづくし。
あちら(女二の宮の一条邸)では、宮(女二の宮・朱雀天皇の皇女)が
やはり塗籠(ぬりごめ)にこもっていらっしゃるので、女房たちは、
(女二の宮付女房)「いつまでもこうしていらっしゃれるものではございません。【希少】「征露従軍日誌」日清戦争/日露戦争/近衛師団/侵略戦争/皇軍兵士/従軍日誌/従軍日記/戦前中国台湾満州朝鮮。
大人げなく変ったことをなさるお方だと評判にもなりましょうから、いつものお部屋にお戻りになって、
申しあげたいことを殿(夕霧)のお耳にお入れしたらよろしいでしょうに」
などと、あれこれお勧め申すので、宮(女二の宮・朱雀天皇の皇女)は、
もっともなこととはお思いになるものの、これからさき・・・・・《世間でどう取り沙汰されるか。(古本)会津戊辰戦争 平石辨蔵 兵林館 HE8002 19170501発行。》
備考・女一の宮(今上天皇の皇女)の母は明石女御。今昔物語集文節索引 1~31の内8・18・21未刊+索引2冊 30冊 馬淵和夫監。紫の上は女一の宮(今上天皇の皇女)を養育している。小社探(ほこらさがし)。
備考1・備考・宮(朱雀天皇の皇女・女二の宮)からのお手紙(実際には母君の代筆)を、雲居雁(夕霧の正室)に奪われた夕霧が理由をつけて取り戻そうとする。山本北山著 雨森牛南校『作詩志コウ』(全二冊揃 合本全一冊)天明3年 須原屋伊八刊 漢詩論集 詩学詩論書 江戸時代和本。
備考2・落葉の宮は、朱雀帝と一条御息所の皇女で、柏木の正室。理慶尼の記。柏木は生前、友人の夕霧に落葉の宮の行く末を遺言として託していた。古文書『但馬国出石騒動一件』天保8年(1837年)5月の写本 江戸時代三大御家騒動「仙石騒動」の顛末 全文の釈文付き 貴重!。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。●極上和本YM3329●新用文章[新板用文章](明暦板系統、寛文6年など3冊)稀書往来物。
《Evening Mist (夕霧)》
Though she spoke very softly, he heard and turned back.
"You do seem to be in a mood.
"Robes of Matsushima, soggy and worn,
For even them you may be held to account."
It was an impromptu effort and not a very distinguished one.
Again he found the princess locked in a closet.
"What a silly child you are," said one of her women.
"People will think it very, very strange. Do please come out and
receive him in a more conventional sort of room."
She knew that they were right, but she hated him for the
unhappiness he had caused and for all the gossip to come.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《夕霧》
“断情成弃,何如披剃着衣!在俗世真是住不下去了!”
夕霧站定了答道:“何等无聊的想法!弃故夫披剃去,
枉教人世笑君痴。ふくむらけん(福村健)『草木譜』1956年 私家版 京都の型染作家・福村健のオリジナル型染作品集。”此匆促草成,故甚平凡。山田案山子遺稿 翠松園主人校補 尾形月耕画『義太夫丸本 生写朝顔日記』明治17年 春陽堂刊 明治時代ボール表紙本 生写朝顔話。
且那位落叶公主,一直在藏室中。長谷川伸旧蔵書 今宮町編『今宮町志』大正15年 大阪府西成郡今宮町刊。侍女道:
“公主不成一子住在里面。明清版画 西湖十景 限定9000部 1979年 線装本 検索⇒唐本漢籍 支那 玉扣 善本 木版画 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 朱印譜。
中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」夕霧の巻の末尾(原本番号73-A)の押印。明治期 設計 デザイン本 難類彌家多 奈留美加多 検索:南流微鳩た 鳴海賀太 建築 彫刻 小田切春江 図版 唐草紋様 木版瓦版 型紙 藍染 絞染。
左端の2つの印が仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。●極上和本YM4729●世界郡都往来〈欧洲仏国之部〉(A)小林謙吉訳 長谷川実信画 横尾謙七序 明治6年 稀書往来物。冬姫は内大臣・通誠の養女。布教 出家発心御文法話 香雲印澄玄説 明治32 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗 戦前OT。
冬姫は通称。真宗礼讃偈 明治25年 仏教 浄土真宗 親鸞 戦前明治大正古書和書古本 NA。正式な名は伊達貞子。国訳秘密儀軌 全38冊 国訳秘密儀軌編纂局。左端の写真は「夕霧の巻」末尾の拡大写真。稀少★日蓮聖人奉賛会発行 日蓮聖人全影 定価25万円 限定1000部 (管理90319674)。
左上は、「人非木石皆有情」の印。弁斥医断。左下は仙台藩の家紋印
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。●極上和本YM4726●六諭衍義大意(藤原正縄板・万延板A)室直清作 橈川華子書 内藤正縄題字 伏見板 稀書往来物。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。民間経済録二篇。)
(出品した自筆の「断層画像写真」(夕霧の巻)MRI 39―62B
自筆下二つの印のうち下は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款
「源氏物語」「夕霧の巻」主人公・夕霧の資料
下記写真は、国宝「源氏物語絵巻」の中に描かれる夕霧。卍空纂述 森田易信画『善光寺如来絵詞伝』(全六巻六冊揃)弘化四年序 東叡山蔵版/和泉屋庄次郎製本 江戸時代和本 仏教書 仏書 信州善光寺。
病床の柏木を見舞う夕霧。朱文童蒙須知 朱熹 元禄16年 教育学教本 儒学儒教朱子学 漢文漢書漢籍 検) 戦前明治大正古書和書古文書写本古本 NZ。左が柏木、右が夕霧。山本貫通編 カーネル・オルコット 佐久間信恭訳『雄氏演説筆記』明治22年刊 石版画入 札幌農学校 内村鑑三 ラフカディオ・ハーン 夏目漱石。
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。●極上和本YM4698●かねもうかる(の)伝受(2種)脇坂義堂作 下河辺拾水画 石門心学。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
4番目の写真は、天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行
「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)の漢詩文の落款が押捺されている。松井羅洲(松井輝星)『它山石初編』(全四巻四冊揃)弘化2年 銭屋惣四郎他刊 江戸時代和本 儒学者・易学者 中国・日本の故事考証随筆集。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。西川満『華麗島頌歌』限定500部(公女版)昭和15年 日孝山房刊(台湾台北市)立石鉄臣木版画3枚入。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。明文徴明墨蹟 珂羅版 原寸大玻璃版 台北故宮法書 書道法帖 碑帖 碑刻 書帖 金石篆刻 拓片 拓本 コロタイプ 摩崖石刻 唐本漢籍。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。実践と場所 全3冊 黒田寛一。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。幸野楳嶺画『銀閣寺林泉図』(別紙共)慶應四年 洛東山銀閣寺蔵板 庭園絵図 江戸時代和本(絵図)。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。通俗三国志 巻四・五・六・八。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。いさよひの日記。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。●極上和本YM4275●1小野通女筆手本 明暦2年 山本五兵衛尉板 稀書往来物 女筆手本。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。国郡全圖 上下 二冊一括。撮影後、展示のために再表装をしております。大日本気象学会編 中村精男著『気象観測常用表』明治22年 精心堂刊 初版本 第3代中央気象台台長。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。完品 喜多川歌麿『歌麿版画集芳』昭和49年 高見澤研究所刊(手摺浮世絵木版画全24枚揃)美人画集 錦絵 遊郭 花魁 遊女。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。手漉和紙精髄 和紙揃い ふるさとと歴史/久米康生/限定1500部/定価50000円/写真手漉和紙のふるさと・標本手漉和紙・紙郷 送料無料。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。須田功遺稿集 長谷川伸・平山蘆江・野村無名庵・島田正吾序『のこされし夢』昭和9年 須田栄刊 戦前期の天才漫画家。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。【中古】 梵我一如への方法論 知識の道 (1975年)。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。佐渡丸遭難記念誌/貝瀬謹吾/非売品/昭和4年/明治37年野戰鐵道の一員として出征の玄海灘で敵艦の襲撃に会い萬死に一生を得て大連に上陸。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。写本『兼好法師家集』(全二巻一冊揃)文久元年 清利写 江戸時代和本(写本)卜部兼好歌集。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。●極上和本YM3367●女式目(万治3年*「女式目」2巻揃)最登波留 野田弥兵衛 稀書往来物 仮名草子 教訓 題簽付 状態良好。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。『信州渋温泉案内記』明治21年 潜龍館・金具屋平四郎刊(信州下高井郡渋温泉)明治時代和本。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 古文書 長次。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。慧舟『御文讃嘆絵抄 初編』(全二冊揃)享和元年 河南儀兵衛他刊 浄土真宗 仏教書 仏書 江戸時代和本 絵入本。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。【中古】 韓国の古時調 対訳注解 (1979年)。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。明治20年代の養徳会活字版合綴 平田篤胤『天朝無窮暦巻之一』他 明治時代和本(和装活字本)やまと叢誌 国学。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。市川米庵『米庵墨談』(正続全六巻揃)文化九年/文政一〇年 須原屋伊八刊 江戸時代和本。母は後水尾天皇皇女女二宮。改正地方大成。実母は近衛家女房(瑤林院)。●極上和本YM4740●〈註釈絵入〉実語教童子訓〈小野篁哥字尽〉(天明板B)。幼名は多治丸。南方熊楠全集 全13冊 南方熊楠。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。h∞∞ 和名類聚鈔 全20巻5冊揃い 発行年不明 古文書 古書 /C05。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。彩画職人部類・上下・2冊/橘岷江/彩色木版・大正5年・非売品・和装本/鈴木春信風の美人画をかき彩画職人部類に吹きぼかしで彩色を工夫。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。(古本)田島町史 全10巻 田島町史編纂委員会 函付き 田島町 A61586。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。新井白蛾『聖学自在』(全三巻三冊揃)文化一三年 寺田善蔵他刊 江戸時代和本 漢学書 印記「山白家印」「玄士阿居」石川県金沢市郷土史料。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。木版画で作られた小物入 明治 懐入 薬入 小物入 生薬入 細工物 小野道風 (骨董品 浮世絵。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
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